オンラインとオフラインのグラデーション

 みなさんお久しぶりです。消極性研究会の簗瀬です。
 毎回、あと数ヶ月もしたらコロナ禍は終わるだろうと思ってこの原稿を書いているのですが、なかなか終わりませんね。それでも今年の1月後半になって第6波が来る前までは、だいぶ収束には近づいてきて、昨年末にはかなり久々に対面形式での学会が開催されていました。同じく消極性研究会の栗原一貴さんも参加されており、2年ぶりの対面はなかなか感慨深いものでした。

 一方で、せっかくオフラインでイベントができるようになったのだからもう戻りたくないという意見があるのも重々承知しています。実際私もオフラインの学会に久々に出て感じたのは、他人の目に触れている間は何かしらの体力を消費しているということでした。オンラインの場合、誰かの発表中はビデオもマイクもオフにし、発表を邪魔しないよう気を遣うのが通常ですね。同時に、相手から見えない、聞こえない状態ですので発表に集中していればどれだけぐったりしていても、くしゃみや咳をしていても良いわけです。リラックスして発表を聞けるという点では直接会場にいるよりも良い状態かも知れません。自宅参加の場合は日頃仕事で使う椅子と高さが調整されたデスクを使うわけですからかなり疲れにくいですね。
 また、最近はオンライン学会のノウハウもだいぶ溜まっており、私と栗原さんが出席したWISS2021ではそれぞれのセッションに座長(そのセッションの司会者)の他、チャット座長を務める参加者がおり、用意されたSlackのチャンネルから意見や質問を拾い上げて質疑の時間に発表者に伝えてくれます。参加者はリアルタイムに意見や質問を書いておけば良いし、直接手を上げたり前に出たりして質問をするというプレッシャーからも開放されるので便利です。発表者から見ると反応がなかなか見えないのでそこがデメリットとなります。
 前回、西田さんが書かれていたようにオンラインで問題となるのはインフォーマルなコミュニケーションですが、WISS2021ではオフライン参加者が休み時間にトイレに行ったりコーヒーを飲んだりしている間、オンライン参加者はさかんに意見交換や議論をしていたようで、それぞれ別なコミュニケーションが発生していました。

 このようにそれぞれメリットとデメリットがあるわけですが、今後はオンライン/オフラインという二択ではなくそれらを両極としたグラデーションをすべての人々が選べるようになると良いのではと思います。私自身はオフライン学会をホテルの部屋で聴講し、休み時間になったら部屋を出て議論するみたいなことができるとベストなんじゃないかと思っています。

 実際のところ学会でも授業でもオンラインとオフラインのハイブリッドはなかなかたいへんなのですが、そのあたりは機器やソフトウェアの発展によって解消できる部分です。会議室や教室にはカメラとネットワークが標準装備されていて、使う人がわざわざ設定する必要ない状態にしていきたいですね。

テレワーク下でのオンラインコミュニケーション、その後

 オンラインでのコミュニケーションという点で、以前の記事に会社のチャット運用の話題を書きました。「ググれと言われず誰でもどんな質問でも書いて良いチャンネル」と「褒めて欲しい、褒めたいことを書くチャンネル」ですね。どちらも未だに活用されており、特に前者はコロナ禍で人が増え続けている弊社にとって良い試みだったなと思っています。後者は私が意図したのとは少々違う方向で他人に対する感謝を述べるチャンネルとなりつつあります。これはこれで悪くはなく、特に活躍が見えにくい方にスポットが当たるのは良かったと思います。「褒めてもらう」という意図で書き込むのは人数が多くなり必ずしも親しい間柄の人ばかりではなくなると難しいのかも知れません。

 ただ、必ずしも業務とは関係のない単一用途のチャンネルを作るという文化自体は割と定着しており、私が特に何かしなくても様々なチャンネルが作られるようになりました。
 ちょっと気持ちが落ち込んだ、落ち込むようなことがあったときに書き込むと誰かがはげましてくれる(ただしアドバイスは禁止の)「はげましチャンネル」や、自分はこういうことに気をつけていますという「健康チャンネル」、育児で「こういうことに苦労している」というような話をする「育児チャンネル」などです。育児チャンネルはお子さんがいない参加者も多く、私も入っていますが子育て中の同僚にどういう配慮が必要かということも自然と耳に入ってくるので、なかなか有益だと思います。

 また、テレワーク化での入社人数が増えたということで社内のイベント配信担当者が非公式なイベントとして自己紹介LT(Lightning Talk)大会を始めました。有志が集まって5分の枠で好きに話すというゆるい内容ですが、入社してから一度も出社したことがないというようなメンバーにとっては特に業務で直接つながりのない同僚を知るのに良いイベントとなっています。なお、弊社はこういうイベントを業務時間中にやって良いことになっています。定時後は家事をしたり家族と過ごしたりする時間ですからね。方向として、インフォーマルなコミュニケーションのために何かをするわけではないけれども、それを作ろうとする試みは邪魔しないというスタンスです。

 テレワーク化で忘年会などの飲み会がなくなったことの是非なども議論されていますが、私のいる会社は2021年は忘年会を開催せずにちょっと良いすき焼きの肉を希望者に送ってくれました。これはなかなかのアイディアで、我が家は自宅で家族といただきましたが、みんなで肉を持ち寄って忘年会をしたチームもあったようです。

 私はたまたまコロナ禍前からオンラインコミュニケーションが活発な会社にいましたが、テレワークを基本とした会社が増えた今、インフォーマルなコミュニケーションをどうするかという点で組織の個性が出てきそうですね。私自身はまったくないのは嫌と思いつつも、組織にそういったものを押し付けられるのも好まないので、セキュリティの許す範囲で各自のスタンスに任せてくれるような組織が増えると良いと思っています。

e-Sportsへの消極的参加

 さて、長く書いてきてようやく今回のタイトルに関わる話なのですが、実はe-Sportsを始めました。そもそもe-Sportsってなんだという話を本格的にするとそれだけでかなり長くなってしまうので簡単に説明すると、多くのプレイヤーがいて大会などがある程度成立し、プロがいるようなゲームをそう呼ぶというのが現状ではないかと思います。

 e-Sportsは一つのタイトルの対戦モードなどが長く多くのプレイヤーによって遊ばれることによって成立します。長く遊ばれるためには必勝法などがなく、ある程度の奥深さと駆け引きがある事が重要で、書くと簡単ですが作るのはなかなか難しいものです。
 これまでの連載で私はゲームについていろいろ書いてきましたが、ゲームの良さとしてプレイヤーのために作られた世界とキャラクターが徹底的にプレイヤーの行動をほめてくれる、クリアできると保証された目標があって適度な困難があり、乗り越えたときの喜びがあるということを書いてきたかと思います。ただしこれはほとんど一人で遊ぶゲームの話です。

 私はこれまで『スプラトゥーン』や『フォートナイト』、『APEX Legends』、『オーバーウォッチ』など世界で多くの人がプレイしている対戦ゲームは一通り遊んでいます。どれも3ヶ月〜半年くらいは遊んでいたので、すぐに飽きてしまうというわけではないのですが、なんとなく対戦ゲームにははまりきれない、やった時間に対してオフラインゲームのような楽しさはないなと感じていました。

 そこで出会ったのが『ストリートファイターV』です。きっかけは身も蓋もないですが、仕事でe-Sport漫画『東京トイボクシーズ』の監修を務めるようになったからです。

▲うめ『東京トイボクシーズ』(出典

 『東京トイボクシーズ』の主人公たちがプレイしてる「サムライキッチン」というゲームは「ストリートファイター」シリーズのような3D表現の2D格闘ゲームとして描かれており、作者のうめ先生(小沢高広さんと妹尾朝子さんのご夫婦ユニット)が『ストリートファイターV』を始められたのがきっかけで私も始めてみました。「ストリートファイター」はシリーズとしては非常に古く、特に対戦格闘ブームの火付け役となった『ストリートファイターⅡ』は1991年にアーケードで、1992年にスーパーファミコンで発売されており、私もスーパーファミコン版を友達とプレイし、だいぶ盛り上がったおぼえがあります。
 とはいえ、あまり本格的に遊んだことはなく、友達と遊ぶときも互いに将棋のコマの動かし方を知っているくらいのレベルで遊んでいたので特にそれ以上踏み込むということはありませんでした。

 『ストリートファイターV』も始めたときのスタンスは似たようなもので、とりあえず動かし方がわかるという程度のメンバーで集まってオンラインでボイスチャットをつなぎ、互いに対戦したりといったことを繰り返してました。が、意外とメンバー間の本気度に差があって私はプレイステーションのゲームパッドを使い遊んでいたんですが、やる気のあるメンバーは格闘ゲーム用のアーケードスティックを購入したり自作したりし、解説サイトやYouTubeなどを見て強くなっていくわけです。私はゲーム開発者として割と長い経験があるので、適当に遊んでいるうちはそこそこ勝てたのですが、コストをかけて強くなろうとする相手とは差が開いて、あっという間に仲間内でいちばん弱くなってしまいました。

 私は子供の頃から負けん気が強い方ではなく、勝てないとすぐ嫌になってやめてしまう質です。生き方としても諦めが早く、その代わりあまりライバルがいない分野を選んでここまで来ているんですよね。『スプラトゥーン』のときは、それまでゲームをあまりやっていなかった友人がめきめき強くなりS+というかなり上のランクまでいっているのを見てむしろやる気がなくなってしまったことすらあります。

 が、今回については仕事としてe-Sports漫画の監修をやっているので、「ここで投げるわけにはいかない」という義務感とはちょっと違うあまり前向きではない気持ちで、なんとか自分の性格に合った上達のための方法を模索しました。
 そこで辿り着いた方法を列挙してみましょう。

1.いま簡単にできることだけで勝つ方法を考える

 格闘ゲームはすることがたくさんありますが、対戦の中では時間の圧力が強いので選択肢が多いと判断が遅くなってむしろ負けてしまいます。できるだけ何も考えずに実行できることだけで勝負します。

2.簡単にできることは一つずつ増やす

 とはいえ、ある程度勝てるようになるとランクが上がって勝てなくなるので、できることを増やしていく必要があります。常に一つくらいこれを練習しようという目標を持っておいて、それを簡単にできるまで実戦の中で使っていきます。

3.自分が勝った勝負だけ復習する

 敗北から学ぶということはよく言われますが、正直負けた試合を見返すのは私にとってはストレスです。そこで編み出したのが、勝った試合だけ見るという方法でした。勝ったときにできていることがより確実にできれば、より勝てるわけです。同時に、負かした相手の何がいけなかったのかと考えておくと、この動きはダメだなというのがわかってきます。自分のダメな行動を分析するよりかなり気楽です。

4.試合の記録をつける

 対戦したら全試合、勝敗と簡単な感想を書いていくことにしました。続けていくとなかなか勝てない、ランクが上がらないということはあるんですが、過去の記録を見返したりするとその頃よりは少しましだなと思えてモチベーションが下がりにくいです。

5.アドバイスに反発しないでとりあえず記憶する

 特に負けたときなどはイライラしていたりするので、そこにアドバイスされても反発しがちですが、後になると納得できることが多いです。何をすれば強くなるのかよくわからなくなったときに、とりあえず他人の頭脳を借りるというのは有益です。

6.とにかく勝って終わりにする

 個々の性格によりますが、私はトータルの勝敗より最後に勝ったことを重視し、ちょっと嬉しいというところでやめるようにしてます。私は4連勝して最後に負けて終わるより4連敗して最後に勝って終わった方が気分が良いです。

 上記の条件を守りつつ、疲労していない日は1日3戦くらいするという毎日を過ごした結果、2020年11月に始めたときには世界に150万人いる『ストリートファイターV』のプレイヤーの中で150万番だったのが2021年3月に60万番、2021年6月に45万番、 2021年7月に30万番、 2021年10月には25万番というように、緩やかではあるものの少しずつランクが上がっています。当たり前と言えば当たり前の話ですが、続けた分だけ上達しました。上達したのでまた続けようというプラスのフィードバックサイクルが回っているわけです。

▲『ストリートファイターⅤ』での簗瀨さんのバトルレポート画面より ©CAPCOM CO., LTD. 2016, 2020 ALL RIGHTS RESERVED. ※個人のIDなどは消去しています。

 多くの対戦ゲームは強くなったらランクが上がり、より強い相手と当たるようになりますし、負けるとランクが下がって少し弱い相手と当たるようになります。なので結果としては勝率4割くらいから少しずつ上がっていって、上がるとまた4割くらいに戻りますし、不調だとランクが下がってまた勝てるようになります。目の前の現象としては、半分くらい勝ったり負けたりするゲームをずっとやっているわけです。
 では何が楽しいのか、という話になりますが、結局のところ私は勝てるかどうかわからない相手になんとかギリギリ勝てるという瞬間の楽しさを求めて、いつも遊んでいる気はします。一斉を風靡した『ストリートファイターII』のキャッチコピーは「俺より強い奴に会いに行く」ですが私としては「俺よりちょっと弱い奴に会いに行く」のが目的と言えますね。

 これはおそらく『ストリートファイターV』でなくても良かったのだろうと思います。ただ、コロナ禍にあって家からオンラインでできて、一試合が長くても5分と短く、競技人口が多く、解説記事や動画が多くて学びやすかったので、うまくはまったと言えます。私の場合、仕事が絡んでいたというのと、そのためにいろいろ丁寧に教えてくれる人がいたというのがラッキーでした。

 そう考えると、対戦ゲームというのはやはりなかなか敷居の高い世界と言えます。強く、うまくなろうとする人はアグレッシブにいろんなことを試して自己研鑽し、その中の一部の方が動画やblogで情報を発信し、それをフォロワーが見て学んで強くなっていくという構図があります。しかしそれはゲーム機やソフトウェアではサポートされていません。私自身、過去の『スプラトゥーン』や『オーバーウォッチ』などを遊んでいるときに積極的に情報を取りに行って勝とうと思って取り組んでいたら、また遊び方が違っていたのではないかと思います。

 ただ、これはゲームに限ったことではありません。スポーツなどはもちろん、学校の勉強でも仕事でも、生きていくための様々な知恵でもそうです。ルールと指標があるところにはかなりの割合で競争が発生し、勝ち負けが生まれるわけです。
 それをどうフォローしていくかというのが教育で、学ぶためのモチベーションを高め、学び方を教え、知識そのものを伝えていくということをこつこつやっていくわけです。そういうのがまあ、いわゆる普通の社会ですよね。
 しかし、消極性研究会が目指す未来というのは、実はそんなふうにがんばって何かをしなくてもみんなが生きていける世界なのではないでしょうか。

 ゲームというのは、わざわざ時間とお金を使って、しなくて良い苦労をする娯楽です。以前も掲載した「誰でも神プレイできるシューティングゲーム」は、さらに一歩進めて「ゲームの中でそこまで苦労しなくても達成感が得られるゲーム」というある意味反ゲーム的な要素を持っています。

 もちろんそれに対する言い訳として「詰まってしまったときに離脱率を下げる」という有用性を書いてはいるのですが、本音で言うなら「苦労せずに達成感を得たい」です。しかし、もし社会そのものが変革し、誰もが特にネガティブなストレスを受けずに生きていくために必要なことを学び、実践できるようになったらどうでしょうか?
 その時こそは「ゲームやるときくらい苦労したい」と思えるかもしれません。

(了)

この記事は、PLANETSのメルマガで2022年2月15日に配信した同名連載をリニューアルしたものです。あらためて、2022年8月18日に公開しました。
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