実践者でありながら、本質を見抜く

──柴沼さんとは「風の谷」の研究会でずっとご一緒していましたが、実はこうして単独でお話しする機会は初めてですね。いつも柴沼さんは「風の谷」のコンセプトをしっかりと理論的に把握しながらも、ブレない範囲で実務レベルに落とし込んでいく役割をされていて、それがチームとしてアウトプットをしていく上では、とても大事なことだなと思っていました。
 そこで今日は、柴沼さんご自身としてはどういうご経歴やモチベーションを持たれているのか、そして「風の谷」のプロジェクトを通じてどんなことを実現したいと考えられているのか、あらためてお伺いしたいと思っています。よろしくお願いします。

柴沼 そう言っていただけると恐縮です(笑)。よろしくお願いします。

──まずは柴沼さんのご来歴からお伺いしても良いですか?

柴沼 僕はもともと日本銀行で金融機関のモニタリングをしたり、京都支店や経済産業省に2、3年出向したりと、10年ほど公的な仕事をしてました。途中で留学をしたこともあって、もうちょっとビジネスそのものをやりたいなと思い、マッキンゼーというコンサルティング会社に転職しました。そこで3年ぐらいお仕事をしているうちに、自分でも経営ができるんじゃないかと勘違いをしてしまって(笑)、転職活動を始めたんですがなかなかうまくいかず、悲嘆にくれているときにライブドア事件が起こりました。そこで事件後のライブドアの金融部隊をファンドと一緒に立て直すプロジェクトに2年ぐらい参画したあと、今のシグマクシスという会社の経営に創業時から参画しました。そこから12年間はこの会社の経営に携わっています。

 今の会社はビジネスコンサルティングが出自ですが、上場後は企業へ出資したり、ベンチャーキャピタルを持ったり、コンサルティングから発展した事業投資としてお客さまとジョイントベンチャーを立ち上げたりと、コンサルティングと事業投資を組み合わせたようなモデルで事業をやってきました。

──そもそも、どうして日銀に入ろうと思ったんですか?

柴沼 いえ、実は僕はもともと経済学者になろうと思ってたんです。昔はジョン・メイナード・ケインズという経済学者にすごく憧れていて。彼は投資もするし、経済学の処方箋も書くし、ブレトン・ウッズ体制を作るときの「ホワイトとケインズの戦い」も、ものすごいんですね。「こんな社会にインパクトを出せる仕事をしたい!」と思っていたのですが、日銀から「まあ学者はいつでもできるし、うちにいらっしゃいよ」って言われて日銀に入ってしまいました。

──少年時代から経済学者になりたかったんですか?

柴沼 少年時代はまったくそういうことは考えていなかったですね。僕は埼玉の浦和出身なんですが、あそこは昔は野原だったんですよ。そのころは何も考えず、半径数十メートルのなかの野原で生きるような生活をしていました。中高一貫校に入学したあたりからちょっとずつ勉強するようになって、そういう小難しいことを考え始めたのかもしれません。

──お話を伺っていると、いわゆる学者的なものと、中央銀行で国のシステムを根幹で支える仕事と、今のコンサル&投資&ベンチャーキャピタルといった、この3つの世界を経験されてきたわけですが、これらを比較してどのように捉えられていますか?

柴沼 やってることは真逆なんですが、立ち位置は同じだと思っています。どちらのケースでもプラクティショナー(実践者)として実務をこなす一方で、そのことの抽象的な本質を見抜くということもする。逆に言えば、今やっていることの本質をつかみたいけど、そのためには具体的な活動もしなくてはならない。その意味では、活動してるエリアは違いますが、立ち位置は実はどっちも一緒だと感じます。

──まったくタイプの異なる業界には所属してるんだけれど、柴沼さん自身がそのプロジェクトなり組織なりで果たしている役割っていうのは、基本的にはずっと同じであると。それは「風の谷を創る」プロジェクトでもそうですよね。

柴沼 そうかもしれないです。リアルなプラクティショナーとしてちゃんとやるけど、そちらだけに落ちつかず、抽象度の高いことにもコミットする。この間を行き来することが、僕の一番のスイートスポットなんだと思います。

──半年くらい前に「風の谷を正式に法人化しよう」という話になったときに、柴沼さんが監事をやるということは、僕はすごくしっくりきたんです。それは、登記するために必要な監事っていうこと以上の意味があると思っていて。冒頭にも言いましたけど、柴沼さんがいないと、あのチームすわりが悪いんですよね。

柴沼 ちょっとうれしいこと言ってくれますね(笑)。「風の谷を創る」に集まった方は、一人ひとりがすごくエッジが立ってるじゃないですか。宇野さんも右後ろ45度ぐらいから飛んでくるような球の投げ方をされるし、こういう発想する人っているんだなっていつも感嘆してるんですけど(笑)。だから、他の人がやらないこととか、ここはやっておかないと危なさそうだなというところを拾っていくのが、僕の仕事なんだろうな、と思っています。

インフラ作りから場作りへ

──安宅さんとは、そもそもマッキンゼー時代にお知り合いになられたんですよね?

柴沼 そうですね。僕が日銀を辞めてマッキンゼーに入社して、最初のプロジェクトのプロジェクトリーダーが安宅さんでした。そのとき彼は新卒の子と中途で入った僕の、入社したてのピヨピヨを2人抱えた状態でした。

 今でも覚えているんですが、そのプロジェクトは最初からなかなかハードなもので、最初に安宅さんに「お前ら死ぬぞ」って言われたんです(笑)。「この人何言ってるんだろう」ってピヨピヨ言っていたら、案の定死にかけて(笑)。でも、なぜか本当に死にかけるときに安宅さんがサッと救ってくれるんです。ひよこって最初に見た人をお父さんと思うじゃないですか。僕はそのとき「この人、助けてくれるんだ」っていうことに気づいて。そうやって最初の1ヶ月を乗り越えたのが、最初の出会いです。

 たとえば、ほとんどのものごとは時間を投入したらできるんですが、着想だけは時間を投入してもなかなか得られないんです。『イシューからはじめよ』という本にも書いてあると思うんですが、イシュー設定やカットの仕方、そこに対する着想の斬新さは、僕も最初のころはまったくできませんでした。安宅さんはそれを、ドラえもんのように0.1秒でパッと出してしまう。「わかんない! これはもう無理。このままいったらやばい!」っていう瞬間に、「ドラえもーん!」って言うと、「はい。これじゃない?」って。「おお! たしかにそういうことっすね!」「よく考えろよ」「いや、考えたけどわからないっす」みたいな(笑)。

──それで「風の谷を創る」プロジェクトにはどう誘われたんですか?

柴沼 少し手前の話をすると、僕はここ10年くらい、社会のあり方の変化を追いかけていくなかで、従来の工業社会・金融資本主義から限界費用ゼロ社会・共感資本主義へと変化していくという予測をずっと持っていました。とはいえ、みんなテクノロジーの話はする一方で、テクノロジーが浸透した後の社会を議論する場がないなと思い、「Future Society 22」という団体を有志で立ち上げました。

 その活動のなかで、久しぶりに安宅さんに話を聞きに行ったんです。そのとき安宅さんが突然、「何も考えてないけど、いま頭に一個だけ降臨してるものがあるんだ。それは風の谷だ」っておっしゃって。「すみません、もうちょっと手前から説明してもらわないと、いきなり風の谷って言われてもわからないです」って言ったら、「わかった」って言って、2時間ぐらいわーっとしゃべってくれました。これが、今の「風の谷」につながる話だったんですよね。

 これを聞いたとき、限界費用ゼロ社会においてテクノロジーをふんだんに使ったら、人間は分散型社会インフラのなかでも生きていける社会が実現できると思ったんです。実はわれわれもちょうど、長野の小布施町でそういった取り組みをしていたところでもありました。「じゃあ柴ちゃん勉強会来なよ」みたいな話になったのが、最初のきっかけですね。2017年の暮れでした。

 先ほどお話しした限界費用ゼロ社会と共感資本主義の世界は、僕のなかでは基本的に分散型インフラが実現する世界だという認識でした。ただ、それを実際の場作りとして考えたときに、カルチャーやコミュニティ、社会インフラが教条的な何かに囚われることなく分散的に存在しうる条件とは何か、気になりはじめてきたんです。「風の谷」には、その条件を実現するためのサービスや技術はどんなものなのかがうまく見つけられるとおもしろいな、と思って「風の谷」の運動に参加し始めました。

 最初はそういったインフラ的な位置づけを考える意識が強かったんですが、「風の谷憲章」について話し合ったあたりから、社会インフラだけではなく、こういった思想に賛同できる人が集まらないと、場を作ることは難しいということに改めて気付かされました。そうやって僕自身の認識も変わりましたね。

──「風の谷」は基本的にテクノロジーを用いた解決を試みているプロジェクトであるということは間違いないと思うんです。ただ、それに加えてテクノロジーが持ってる政治性に敏感であろうとしているというところがポイントだと思うんですよね。このテクノロジーをこう用いると、ここは包摂できるけどここは排除してしまう。じゃあこれはどういう運用をしたらこれを乗り越えられるんだろうってことをすごく真剣に考えているプロジェクトだと思うんですよね。「風の谷憲章」はその姿勢をよく表しているといえます。

柴沼 そうだと思います。アメリカの法学者、ローレンス・レッシグは、法律、慣習、マーケット、アーキテクチャという4つの組み合わせによって、その場やコミュニティ、その系列が作られると言っています。そのアーキテクチャ自体がその系を決めてしまう部分があるので、最初はアーキテクチャばかり考えます。

 しかし宇野さんがおっしゃるように、アーキテクチャをテクノロジーで決めた結果、何が決まってしまうのかを考える必要がある。たとえば、あえてそこに市場性を取り込むことによって解決したり、いろんな組み合わせ方があるわけです。そのときに、その組み合わせによって僕らは何を決めたのか、そのこと自体に敏感でありたいという気持ちがある。だから、冒頭で言ったテクノロジーの進化の議論はするけど、テクノロジーの進化の後に残る社会とは何なのかという議論自体を、「風の谷」のなかで補足できたら良いな、と思っています。

──そうですね。いまはレッシグが言った4つの権力のうちの、アーキテクチャの権力が増大していることは自明です。ただ、そのことの是非を論じても仕方がなくて、そのアーキテクトの力が強くなっている現実を逆手に取って、より良い社会を作っていくのかということを僕らは考えなければいけないと思うんですよね。その上で、他の3つの権力への現代的なアプローチも見えてくるはずです。

柴沼 まさにそこにちゃんと意識を振り向けていくべきだと思いますね。

市場化できるものと、できないもの

──「風の谷を創る」の2年間の活動を通して、印象的だったことはありますか?

柴沼 先日の研究発表会ですね。「森」や「道」など、「風の谷」を構成する要素ごとにチャンクに分けて、各チャンクに学生さんたちを配属してもらってそこに私たちがメンターとしてつくかたちで研究を続けてきたわけですが、この時点では具体的なかたちのアウトプットが、まだ明確には出てなかったと思うんです。そこで、安宅研の学生さんにこれまでの研究についての集大成を、400ページから500ページくらいにまとめてつくってもらいました。

 その発表を聞いて、自然と一緒に共存していた人間が都市化とともに自然から離れて、集約され、密度の高い世界に入り、規模の経済を追求し、企業経営としては成長する一方で結果として外部不経済が発生して、社会共通資本的なものが壊れていく……といった話が底流に流れていることを強く感じました。これからは修復していくものと、新しくこれから作るものという二つを考えなければならないな、と。

 一番それを顕著に感じたのは森です。一般的に森の価値を一次産業として考えるとかなり小さいんですが、実は土壌の保持や水をきれいにする力を考えると、いままでの交換価値でカウントされる100倍の価値がある。これは、かなりすごいなと思うわけです。工業社会・金融資本主義で感じられていた交換価値1パーセントに対して、われわれが感じている社会価値は、実はその100倍ある。これをどうやってわれわれが理解し、自分たちの生活のなかに取り込んでいくのかということこそが、われわれが「残すに値する未来」を通して取り組まねばならないテーマなんだなっていうことを、僕は改めて感じました。

──この四半世紀で人類はテクノロジーの力を使ってものごとを市場化することによって問題解決するという魔法を発見して、そこに酔ってきたわけですよね。ただ、市場化できないものについてはどうするか、ちゃんと考えなければいけないフェーズに入ってるわけですよね。

柴沼 そうですね。これまでは社会共通資本は無限にあると思ってたけれど、使ってしまえば壊れてしまうことがわかってきた。僕たちはちゃんとそのことに向き合わなければいけない最初の世代だと思うんですよね。

 市場化という言葉をどこまで含めて言うかにもよるんですが、外部不経済というものを可視化して、市場価値として取り込んでしまうことで解消するやり方と同じようなことは、実は森に対してもできることです。たとえば川や海での漁業にどういうプラスがあるのか、その連鎖を可視化して、実際に取り組んでる人たちに見せてあげることは実はすごく大事なんですよね。

 そもそも、うまくテクノロジーを使うということは、単純にものごとを市場化するということにとどまりません。「この人の活動はこういうところまでつながっているから、全体としてはいいことをやっているんだ」というように、みんなからちゃんと評価される状態をどう作るかだと思うんですね。今回のCOVID-19も、人の行動自体を可視化するというところは、結果として公益に繋がる部分もあったのが良い例です。

 これはたとえばAppleとかGoogleにも当てはまる話です。みんな使いたいけど、やり方によってはプライバシーを棄損されてしまうかもしれない。プライバシーを維持しながら、でも社会全体の公益を担保するようなやり方が、これからの知恵の出しどころです。これは森林や水資源、動物と人間の関係も同じです。極端に市場化するわけではなく、可視化しながら、お互いの存在そのもののプレッシャーを抑制しつつ、人間活動そのものの全体への最適化を図る。このような状態をどう作るかが、「風の谷」の運動のなかでも重要だと思っています。

 要するにすべてをルール化するわけではなく、お互いがお互いのことをリスペクトしながら、でも全体のことを考えたらこうしたほうがいいよね、という共通理解を求めながら日々生活をしていく状態をどうやって作るか。こういった概念やアプローチは、「風の谷」というエッジな場所だけではなく、今の都市の中でもうまく適用できる領域になってきているのではないかと思います。

──「お互いの存在そのもののプレッシャーを抑制しつつ、人間活動そのものの全体への最適化を図る」ためのポイントはどこにあると思われますか?

柴沼 市場化ということは、お金と何かの交換ですね。通常、僕らはそれを交換価値と言っています。でも、それとは別に、「風の谷」では主観価値と社会関係性価値という、二つの価値をそれぞれ組み合わせて、そのバランスが取れている状態を目指すのが良いと思っています。

自律分散的な「開疎」を目指して

──柴沼さんは、この先「風の谷」の今後についてどうお考えですか。

柴沼 このコロナによって社会のなかでも流布され始めている「開疎」という考え方は、エッジの話から実は王道の話になってきたなという気がしますよね。われわれの取り組みそのものは都市における生き方にも応用がきくから、せっかく今社会的な悩みがあるならそこにちゃんとボールを投げ込むということのは、この1年くらいやってもいいかな、という気はしています。

 いまは都市においても、フィジカルディスタンスを取りながら、マインドディスタンスにならない状態、つまり、フィジカルなリスクを減らしながら、お互いのつながりを保つ状態をどうやったら作れるのかというのは、自分が会社を経営しているうえでも危急の課題だと思っています。やっぱりリモートだとやっぱりみんな落ちていっちゃうんで、それをどうやって盛り上げながらワクワクさせるかということが、いま悩んでいることですよね。

──難しいですよね。でも、僕は社会全体がオプションのひとつとして開疎なモデルを求めるようになった今だからこそ「風の谷」のような運動は大事だと思っています。

 「風の谷」が目指す開疎な社会は、中央集権的なものではなく自律分散的なものですよね。だから、僕らが都市のオルタナティブを考えることは、デジタル・レーニン主義という、残念ながらある程度は21世紀の勝者になるであろう価値観のオルタナティブを出すということにつながっていくと思うんです。

柴沼 そうですね。それは、中央に誰かがいない状態でそういうものを作れるのかという問題でもあります。たとえばブロックチェーンは、実際にそれが適用できる領域はそれほど多くないと思っているんですが、「真ん中には誰もいないけれど系として自律的である」という概念自体がモデルを作り得る可能性は十分にあると思っています。そのブロックチェーンの上にさまざまなビジネスを乗せることができれば、プラットホームのアーキテクトがすべてを支配するというモデルではないかたちで社会の枠組みが作れる可能性はある。それができたら、支配する側-支配される側という関係ではなく、お互いが自律的な世界が作れるのではないかと考えています。こういうことを様々範囲に応用できるといいですよね。

──柴沼さんがおっしゃったフィジカルディスタンスはとっても、マインドディスタンスを取らないようにするというお話も、「谷」のことを言っているような気もします。

柴沼 ちょうど先日の集まりで散居村の話が出たじゃないですか。距離的には散らばっているところに住んでいるんだけれど、村として存在している場所のことですよね。あれはフィジカルに離れているけど、ソーシャルに離れていないんです。あれはどういうことなんだろう、と考えるわけです。

──群れているわけではないけど、つながっているっていう状態ですよね。僕が「谷」に共感しているのはそういう発想でもあります。

柴沼 それには一人ひとりのけっこう精神の成熟度が問われると思うんですよね。それなりに自律している人たちの集まりにならないと、どうしても普通の町内会みたいになってしまう。「風の谷」は、できるかぎり自律的な人の集まりで、入れ替わりもあり得る状態をどうやって維持し続けるのかは、僕もテーマだと思いますね。そうしないと昔の農村社会になってしまいますから。

「規模の経済」から「範囲の経済」へ

──柴沼さんが「谷」で個人的に追求したいテーマはありますか。

柴沼 そうですね……。従来、都市は「規模の経済」を前提にしてきましたが、僕は個人的に、経済が縮小していく可能性が高い時代においてうまくいくのは「範囲の経済」だと思っています。たとえば、「Mobility as a Service」や「House as a Service」のように「〇〇 as a Service」と呼ばれるものは、一個一個ばらばらのままだとうまくいかない。縮小していく経済の中で唯一うまくいくのは、いろいろなものごとを重ねてサービスを提供する取り組みだと思っているんです。僕はこれを「Life as a Service」と呼んでいます。

 エネルギー分野でいえば、蓄電池がひとつのコアとして挙げられます。車のEVや、移動式コンビニなど、一個一個のサービスの中で蓄電池問題を解決しようとすると、まったく採算が合わないんです。しかし、蓄電池をハブにしてモデルを組み立てる、たとえば、コンビニも移動式コンビニにすることによって立地の建物のコストも下げられますし、必要な電気はそこで蓄電している蓄電池を入れ替えるだけで使えるようにすればいい。そうしてそこに系ができちゃえば、送配電網も引かなくて良くなるんですよね。そうするとどんどんコスト落とせていくじゃないですか。このように、一つのコアアセットを複数のサービスの中で共通的に利用することによって採算を取るということが、「範囲の経済」の基本的な考え方です。

──規模の経済というのは、当然規模が拡大すればするほど採算に合うものになっていくということですよね。それに対して範囲の経済というのは、複数のものを狭い範囲で閉じ込めることによって採算が合うようになっていくという理解で合っていますか。

柴沼 はい。範囲の経済には条件のひとつとして、同じ要素を使うということが挙げられます。たとえば、EVに使われるリチウムイオン電池が住宅用の蓄電池になり、太陽光発電の蓄電池や小水力の発電用に、さらには通信インフラの電源にもなる……といった具合に、いくつかのサービスの根源となるようなコアの部分を見つけていく。

 「風の谷」の中ではこうした多重的に一つのコアアセットを利用することで採算を取るというモデルをぜひ実証したいなと思っています。これは、今は多分野にわたるトピックを個別にわけて議論していますが、ゆくゆくはわける必要がなくなるということです。水も循環できるし、エネルギーも蓄電できるし、グリッドから離すこともできる。これらを事業採算がちゃんととれるところまでやりたいと思っています。

──たしかに、それがないと「風の谷」は単なる企業城下町になってしまいますよね。お金と人と技術を提供してくれるところはいくらあってもいいかもしれないけれど、僕らが行きたいところとは少し違う。ちなみに今のお話ですが、既に実践されているケースはあるのでしょうか。

柴沼 共通アセットで村をまわしている例で言うと、ドイツのシュタットベルケという団体があります。そこでは地域のためにヒートポンプや水道などを共通サービスとして提供していますが、まだコアアセットを共通で使うところまではいっていません。それをさらに進化させて、コアアセットとして蓄電池をうまく活用することができたら、もっと小さい「谷」でも採算が取れるようになるんじゃないかと考えています。

──なるほど。ありがとうございます。最後に柴沼さんが「風の谷」を通して伝えたいことはありますか。

柴沼 みんな未来を語るときにはだいたい「予測」を言ってばかりいるけれど、未来は自分たちの意志で作るものだと思っています。テクノロジーのロードマップはあくまでロードマップであって、テクノロジーを使ってその先にどういう社会を作りたいのかは、僕たちが考えなければいけません。そして、どこかのタイミングで「あーここならいてもいいな」という人が出てくるような場所を作らないといけないな、と思っています。

──そのとおりですね。柴沼さん、今日は貴重なお話ありがとうございました。

[了]

この記事は、宇野常寛が聞き手を、石堂実花が構成をつとめ、2020年6月11日に公開しました。Banner photo by 岡田久輝。