NHK出版の編集者・井本光俊さんが「暮らし」や「自然」にまつわるおすすめの本を紹介する連載「井本文庫」。今回取り上げるのは、服部文祥さんの著書『サバイバル登山入門』『アーバンサバイバル入門』。「最低限の軽装で山に登る」ことや、都市で猟師のように「獲って殺して食べる」生活を提唱する、ある冒険家の本です。非日常から日常へ。「冒険」のイメージ、変わります。
「井本文庫」のこれまでの連載記事は、こちらにまとまっています。よかったら、読んでみてください。
端的に言うとね。
今回は2017年に刊行された『アーバンサバイバル入門』を、2014年に刊行された『サバイバル登山入門』とともに紹介します。この2冊は、いわば姉妹編です。なぜこの2冊かといえば、著者である服部文祥さんという方を紹介したかったからなんですが、今、日本で「探検家」とか「冒険家」という存在について考えるときに、欠かすことのできないのが服部文祥さんではないかと思っています。
それこそ間宮林蔵だとか、ヨーロッパの大航海時代だとか、もう空海だとか、まあ遡ればきりがないですが、ひとまず近現代の日本でいっても、植村直己とか星野道夫とかってみなさんご存じの冒険家・探検家の系譜ってありますよね。未踏の地に分け入る彼らの物語に、幼少のころ魅入られたなんて人も多いのだと思います。ただ、この現代において、冒険・探検って困難があると思うんですね。当たり前だけど、たいていの山のピークは登られちゃっていて、まあどのルートを行くかっていうぐらいの話ですし、地球上に人類未踏の地が存在しないわけですから。そんな時代に人はどう冒険家・探検家たりえるか、と意識的に活動しているのが、服部文祥さんだなと思っています。ちなみに蛇足ですが、冒険家・探検家とご自身をアイデンティファイしていないでしょうが、石川直樹さんにも同じ問題設定を僕は感じます。
服部さんは2006年に刊行された『サバイバル登山家』が最初の著書になるんですが、この服部さんのコンセプトは、登山に食糧とか道具とかをできるだけ持っていかないというスタイルの登山なんです。ハイテクな登山道具は用いずに山に登り、食料も基本的に現地調達です。『サバイバル登山入門』の冒頭には端的な定義が記されています。「サバイバル登山とは、できるだけ自分の力で山に登ろうという試みである」。なぜかというと、服部さんは元々登山の専門雑誌の編集者で、本人もK2というエベレストの次に高く、難易度でいえばエベレストより上じゃないかといわれている山に登ったりするほどの登山家だったんだけど、あるとき「けっきょくK2とか登っているけど、そもそもちゃんと装備揃えていくから、イモトアヤコでも登れる山じゃん」ということにふと気づくんですよ。や、イモトアヤコとはご本人、言ってませんが(笑)。
これが冒険か? と。冒険はそうじゃないはずだ、という自問の末に辿り着いたのが、文明の力を頼らずに、自分の身体ひとつで山の中に入っていって、自分の力だけで自然と向き合い、登山するスタイルなんですね。
こういうと、すごく前時代的な自然回帰派だと思われる人もいるかもしれません。ソローでもないけど、文明を拒否した自然回帰にも感じられると思うんです。実際、彼自身がその方向でサバイバル登山を説明することがないわけではない。だけど、じゃあ、この人がサバイバル登山でどの山を選ぶかというと、北アルプスや南アルプスなどのどこにでもある日本の山なんですよ。どこにでもある山に行って、日本で採って良いもの悪いものの法律とも折り合いながら、最低限持っていく装備も吟味していく。その設定をどうするかというところに、現代的な、ゲーム感覚というか、変数をいじる操作意識があると感じます。その変数をわかりやすく伝えてくれる本として、『サバイバル登山入門』は読めるんです。単なる文明拒否ではなくて、今のこの時代に、この時代だからこその探検地をいかに作るかっていうゲームを実践しているんですね。
そんな現代性が、よりわかりやすく伝わるのが『アーバンサバイバル入門』なのだと思います。だからこの姉妹編というか、『サバイバル登山入門』が出た続編として『アーバンサバイバル入門』がでるのは、まさに必然とも思います。これは見返しからの引用なので、著者の言葉ではないかもしれませんが、「アーバンサバイバルとは、都市で猟師のような『獲って殺して食べる』を実践することである。衣食住をできるだけ自分の力で作り出すという試みである」とあります。服部さんが実際に住む横浜の街で行っている、住まいを作ったり、鶏を飼ったり、野草や昆虫を食用に採取したりといった暮らし=アーバンサバイバルの技術が語られていて、そんな彼の資質がすごく出ていると思います。『サバイバル登山入門』だとまだ単なる自然回帰主義者みたいな、山の中でどう食糧を採るか、みたいに受け取ることもできますが、『アーバンサバイバル入門』はまさに、彼のやっていることがこの時代の冒険・探検の設定だということがよくわかるんです。それは、単なる自給自足の勧めとは違うんです。暮らしている街の景色が、すべて食料だと認識する猟師の目で眺めることで、「絶景」に変わるのだと彼は述べます。まさに、変数の設定によって、なんてことのない街を冒険・探検の舞台にする手続きなんですね、彼の実践していることは。
ということで今回は、未踏の地が無いこの時代に、ほぼほぼ街暮らしのなかであっても、世界と接する変数を操作することで冒険・探検を可能にするという意味でラディカルな現代的冒険家・探検家である「服部文祥」を紹介させてもらいました。そして、それがわかりやすく伝わる本として『アーバンサバイバル入門』を、『サバイバル登山入門』とあわせておすすめしておきます。
[了]
この記事は、2017年11月22日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が構成・写真撮影をつとめ、2020年3月12日に公開しました。
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