この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今回ご紹介するのは、コリン・フレッチャー『遊歩大全』(ヤマケイ文庫)です。これは文庫版ですが、もとは1978年に日本に翻訳・紹介されています。原著はアメリカで初版が1968年刊行ですが、改訂版が1973年に刊行され、日本版の親本はこの改訂版になります。初版と改訂版では、かなり内容に異同があるそうです。

 そもそも『遊歩大全』がなんの本かというと、トレッキングとかバックパッキングなどのアウトドアのノウハウ本です。どうやってバックパックを背負って、どうやってテントを張り、どういうふうに自然のなかを歩けばいいのか、とか。寝袋は、食事は、怪我の応急処置は……などなど、アウトドアでのノウハウが紹介された本が世の中にはいっぱいあると思いますが、そのはしりですね。古い本ですから、ノウハウ本としては今では機能しない部分も多いと思います。それでも今回、この本をご紹介するのは、これが日本のアウトドアにとって重要な本だと思うからです。いや、「重要だと思うから」というか、この本が重要だってことはアウトドアに関わる人であれば衆目一致することですが、じゃあそこにどんな意味や文脈があったのかなってことを含めて、ご紹介したいと思います。そこに、個別の趣味の内輪話に収まらない、アウトドアに興味がない人にとっても重要な点があるように思うからです。

 さて、これがどれだけ重要な本かというと、この本が1978年に翻訳されたことによって、現在あるようなアウトドア文化が日本に導入されたと言ってもよいぐらいなんです。当時は、もう、そもそも「アウトドア」って言葉、枠組み自体が流通してなかったわけです。現在ではアウトドアという枠組みに加えられているような自然野外活動も、そのころにはアウトドアではなかったわけですね。

 そこで、アウトドアという文化の日本への導入という意味で、著者のコリン・フレッチャーも大事なんですけど、翻訳者の芦沢一洋という人が大事です。芦沢さんは、日本にアウトドア文化を導入した最重要人物のうちの一人だと僕は思います。

 芦沢さんが、今のマガジンハウス(当時の社名は平凡出版)などを中心に、雑誌のデザインをされていた方です。このころ、雑誌をひとつの皮切りに、アメリカのカルチャーが導入されるようになります。たとえば1975年に平凡出版人脈によって刊行された『made in USAカタログ』であるとか(版元は読売新聞社)、あるいは同じころから雑誌「メンズクラブ」を舞台に展開したヘビーデューティーものであるとかですね。これらのなかには、日本にほぼ初めて紹介された、今ではアウトドア・アイテムとされるものが多数含まれているんですが、「L・L・ビーン」とか「ザ・ノース・フェイス」とか、あとは……まあいいや。とにかく、そんな渦中にいた一人が、芦沢さんなんです。そう、アウトドア文化の輸入はアメリカ文化の輸入だったんです。

 で、今回『遊歩大全』を紹介するにあたって読みかえしていたんですけど、あっと目が留まった箇所がありました。訳者のまえがきで、翻訳する用語の選択について芦沢さんはこう記しています。〈すでに日本語として定着している外来語(多くはヨーロッパ各国語)があることを承知のうえで〉〈なるべく国際的に通用する言葉(ほとんどは英語である)をそのまま使用することにした〉と(〈〉内が引用)。アウトドアの用語をどう訳すかって、一見、単なる翻訳技術的な話に思われるかもしれません。僕も読み飛ばしてまったく記憶に残っていなかった、なんてことない一文なんですけど、いま読むと「ああそういうことなんだな」と思うのは、要は芦沢さんがここで記してることは、ヨーロッパ由来の日本に馴染んだ文化を、アメリカ由来の文化で書き換えますよって意味だったと思うんです。だからこれは、翻訳する用語の選択にそれが表れているっていう一文なんです。

 どういうことか。日本で戦前から続くそれまでの登山をはじめとした野外活動の文化は、ヨーロッパ由来の文化なんですね。たとえば今でも古くからある高校とかだと登山部のこと「ワンゲル部」って言うじゃないですか(まあ定義上、登山部とワンゲル部は正確には違うんですが)。これはドイツ語由来です。もともと登山関係の用具から始まったアウトドアメーカーなんかも、ヨーロッパのメーカーが今でも多いですよね。ドイツの「マムート」とか、フランスの「ミレー」とか、どちらも創業は戦前からのメーカーです。イギリスの「カリマー」もきっと古いだろって創業年を調べたら1946年でしたが(笑)。日本のメーカーが登山系のアイテムを作っている場合も、「モンベル」とかね、ヨーロッパ風の名前をつけたりして、モデルはヨーロッパなわけです。なにしろもう19世紀には、飛騨山脈がヨーロッパのアルプス山脈になぞらえて「日本アルプス」と呼ばれているぐらいですから(笑) 日本の野外活動は長らく、ヨーロッパ由来だったりヨーロッパをモデルにしてきたわけです。そんな当時の日本の状況に対して、芦沢さんは『遊歩大全』をアメリカの用語で翻訳することを選んでいるんですね。ちなみに、戦前からある「ボーイスカウト」って言葉は英語ですが、あれはイギリス発祥です。

 だから『遊歩大全』を導入した時点で芦沢さんは、「日本に根付いたヨーロッパの文化を、アメリカ文化で書き換えるんだ」ということを、意識的に行っているんです。そして、これはアウトドアに限らないんじゃないかと思います。日本のいろいろな文化領域で、まったく同時ではないにせよ緩やかに同じような時期に、同じようなことが起こっていたのだと思います。洋服でいえばモードからファッションへというようなことがあったんじゃないか。同じ意味の、フランス語と英語ですよね。たとえばビームスの創業は1976年で、アメリカから衣料品を輸入して販売したわけですが、その柱のひとつがヘビーデューティーものです(そもそも、一般的に言えば「ヘビーデューティー」は、ファッションの文脈でとらえられてきたものです)。大きく戦後のこのあたりの時期に日本文化がヨーロッパ文化からアメリカ文化に本当の意味で舵を切るということがあって、日本のアウトドアの源流であるこの本も、その動きのなかにあったんだなというのが、今回再読してみて痛感したことです。ちなみに、話がそれるし広がりすぎちゃうんですが、この流れに掉さした登場人物たちには、人的なつながりもあるんですよね。たとえばMTB(マウンテンバイク)を最初に日本に持ってきた人だったりとか。これはなんですかね、歴史のなかでしばしばあることですけれど、同じようなところに人が集うんですね。

 話をこの本自体に戻しますが、ヨーロッパの野外活動の文化とアメリカの野外活動の文化にはどんな違いがあるかっていうのは、これまた広大で複雑なテーマです。だから、めちゃくちゃ乱暴な説明になっちゃいますけど、そこには対象としての自然の違いが出ているんじゃないかと思います。アメリカの自然思想は、ヨーロッパから切り離されているんです。というのも、やはり新大陸なので、ヨーロッパみたいに目立って見えてるアルペンを登ってピークを制圧していくんじゃなくて、ワイルドネス、つまり未開の荒野のなかに入っていくんですね。荒野のなかで自然とどういう距離感を取るかということで、エマソンとかソローとか、色々な思潮が登場します。ああ、でも本当に乱暴なこと言ってますね(笑)。「アメリカの自然思想がヨーロッパから切り離されている」って言いましたが、エマソンなどは切り離されているというより、ヨーロッパ的な知性に抗うものとして、自分の自然思想を打ち立てるんですね。それがアメリカの自然思想の源流になっていく。自然を宗教的な畏敬の対象とし、自然に分け入ることで自然との直接的な同一化を目指すという距離感なんです。

 そんなワイルドネスを対象としたアメリカ独特の自然思想の流れのなかに、このコリン・フレッチャーの『遊歩大全』という本もあります。ほら、だって「遊歩」ですよ。「登山」は頂上という自然を制圧するものですが、「遊歩」は自然のなかを歩く行程そのものですから。『遊歩大全』では、ワイルドネスに入っていくことが重要であると繰り返し主張されています。ワイルドネスに自力で踏み入って得られる自由こそが、都市を遊歩するだけでは得られない本当の自由だとされます。『遊歩大全』の言う「遊歩」は、パサージュの遊歩ではありません。そんなワイルドネスのなかでこそ得られる自由を獲得する方法として、「テントの張り方」のようなノウハウが説明されるのです。この本はノウハウ本だと言いましたが、本の冒頭は「なぜ歩くのか」っていう設定から入るんです。芦沢さんが翻訳・紹介したこの本は、まさに「アメリカ」の思想を伝える本なのです。芦沢さんの『遊歩大全』の翻訳・紹介でおこったのは、「アウトドア」の日本への導入であるともに、アメリカ思想の日本での導入でもあったんですというのが、きょう『遊歩大全』を紹介させてもらった理由でした。実は芦沢さんは、『遊歩大全』の翻訳を刊行する2年前の1976年に『バックパッキング入門』という、芦沢版「遊歩大全」ともいえる本を書いています。この本の最初の章は、「これがアウトドアの本なの?」って言いたくなるような、アメリカを中心とした自然思想の解説に費やされています。

 さて最後に、では芦沢さんが『遊歩大全』という石を日本に投じた波紋は、いま現在ではどのようなかたちにひろがっているのかってところですよね。ここらへんは、かなり私見ですが。芦沢さんは、そんな『遊歩大全』というアメリカ思想の本を翻訳し、アメリカのアウトドア文化を日本に導入したわけですが、日本ではその思想を原理主義的に受け取った人たちもいるし、その系譜は途絶えたわけではありません。しかし一方で大勢としては、アウトドア文化が消費文化として受容されることで、日本でポピュラーになります(ここ、消費文化=悪って意味じゃないですからね、為念)。ヨーロッパの登山の系譜が良くも悪くも消費文化的な要素を全面化させないまま大衆化したのに対して、アウトドア文化が消費文化のなかで大衆化していっていることには、このようなはじまりの時代の刻印があると思います。つまり、日本が、どのような成り行きでヨーロッパからアメリカに文化の由来をシフトしたかという来歴ですね。この成り行きもまた、1冊の本になるんじゃないかと思うんですが、その始まりの1つとして、今日は『遊歩大全』をご紹介しました。アウトドアに興味のない方も、日本の文化に大きな影響を与えた思想書として『遊歩大全』を読んでみてはいかがでしょうか。

[了]

※この記事は、2018年8月1日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が写真撮影をつとめ、2020年11月23日に公開しました。