この書評コーナーでは、暮らしにまつわる本を紹介しています。アウトドアとか自然とか、そういったものを含めた「暮らし」です。今日は『川はどうしてできるのか 地形のミステリーツアーへようこそ』を紹介します。著者は藤岡換太郎さん、そしてレーベルは講談社ブルーバックスです。ブルーバックスといえば理系の知識をわかりやすく読ませてくれるおなじみの新書レーベルですね。本書の刊行は2014年で、著者の藤岡さんは、この前に『山はどうしてできるのか』『海はどうしてできたのか』の2冊をブルーバックスから出されています。この本は『山』『海』に次ぐ第三弾です。

 それでいきなり個人的な話ですが、僕は川が好きで、カヤックで川下りしたりするんですよ。日本国内の小さな川からカナダの大河まで、いろんな種類の川を下りました。それであるときにふっと、自分が川を読むようになっていることに気づいたんです。ここでいう「読む」というのは、「予測する」とかそんな複雑な話じゃなくて、「本を読む」「新聞を読む」とかっていうときの、単純な「記号を読解する」って意味での「読む」です。たとえば東海道新幹線で東京から大阪に行くときなんかに車窓から外を眺めていると、いろいろな川を渡りますね。多摩川、相模川、富士川、安倍川などがあります。大井川、天竜川、長良川あたりは、川下りをする人も多い川ですね。新幹線の車窓からそんな川が目に入ったとして、川下りをしない人からすると、ただ景色として「ああ、川があるな」って認識するだけじゃないですか。自分もそうでした。ところが、川を下りだしてから、それだけじゃ済まなくなったんですね。

 というのも、まずひとつには、川下りでは流れを読む必要があります。あたりまえといえばあたりまえの話なんですが、川の流れって一様じゃなくて、巻いていたりとか逆流しているところがあったりするんですよ。ただ上流から下流へ向かって流れているんじゃないんです。たとえば流れを見極めて、上手く逆流に乗ったら、下流から上流に上がっていったりもできます。川下りでは、そうやって流れを読んで利用して、下ったり上ったりするんです。だから川下りをしていると、新幹線の車窓から川を見ていても、流れを読解可能なものとして見るようになるんですね。ただの水が、すごく情報量の多いものになるんです。

 それから川の鳥、魚、植物などの生き物ですね。ただ「なんか鳥いるなぁ」「なんか生い茂ってるな」って感じじゃないんです。たとえば、この前の年末(収録時2018年)に相模川をカヤックで下っていたら、相模川なんて下流のほうはぜんぜん奇麗な川じゃなのに、カワセミがいて。基本、清流にいる鳥なので、「うわー! 」って興奮して。でも一方で多摩川に戻ってきた鮎と一緒で、カワセミも都市部に戻ってきているという話があるんで、そーいうことなんだろうかと思ったり。あと今だとカワウの増加による漁業被害なんかが問題になってるんですが、じっさいに川を下って「たしかにカワウ大量にいるわ、コロニーすごいわ」と感じたりとか、そんなふうに生き物も「読み物」なんですね。

 で、ちょっと前振りが長かったんですが、そこでこの本『川はどうしてできるのか』は、川のある「地形」を読解可能にする本だといえると思います。「あー、また川に行ったとき楽しくなっちゃうな」と思いますね(笑)。

 すごく大ざっぱにいうと、地形を含めた川のある風景って、侵食したり堆積したりっていう川の流れの力、プレートテクトニクスが説明するような地殻変動、気候変動、人間がもたらす変化などなど、いろんな要素が絡み合ってできているそうです。たとえば、河岸段丘という川が生み出す風景があります。この本で紹介されているのは相模川上流の河岸段丘で、個人的には千曲川なんか下ってるときにも典型的なものを見た記憶があります。川の力によって両岸に自然に棚田みたいな段差の地形ができるんですよ。この本によれば、この河岸段丘は、川の流れが川底を侵食する力と、気候変動や地殻変動がからまりあってできあがる地形だそうです。

 こんなふうに、この本を読むと川を下っているときの、まあ別に下る必要もないんですけど(笑)、川の風景っていうのがどんな成り立ちなのかっていうのが読めるようになります。ただボーっと眺めていた風景が、読解可能な地形になるって本なんです。

 とはいえ、専門書ではなく楽しいブルーバックスなので、難しい本ではありません。一つひとつの章が独立したコラムみたいになっていて、アマゾン川とかナイル川みたいな世界の大河から日本の小さな川まで、いろいろな川を取りあげながら、川と地形のメカニズムについて、「地形のミステリー」という語り口で、その謎解きがされているんですね。

 たとえば黄河と揚子江って、中国の二大大河があるじゃないですか。たぶん、小学校ですでに習いますよね。あの二つの川って、実はけっこうスタート地点は近いんですよ。まあ「世界地図レベルで見ると近い」ってことで、日本の距離感でいえば遠いんだけど(笑)。その、近いところからスタートしている黄河と揚子江が、ぜんぜん違うルートを通って海にたどり着くのはなぜなのか、とか。ほかにもたとえば、ヒマラヤ山脈って、8000km級の山々が連なっているじゃないですか。あそこですら越えてく川があるわけです。じゃあ、なぜそんな川が生まれたのか、とか。いろんな川のミステリーが取りあげられています。ここでネタバレはしないんで、気になる方はぜひこの本を読んでください。

 大きな川ばかりじゃありません。静岡県の三島に柿田川っていう小さな川があるんですよ。大好きなんですけど。けっこう住宅街っぽいところからいきなりバン! と突然に出現する川なんですが、これがまたすごく清流なんです。なぜかというと、要は富士山の地下水がすごい水量で湧き出して出現する川なんです。逆にいうと、富士山って川がないんですよ。なぜ富士山に川がないのかって……まあそれは全部地下水になっちゃっているからなんですが、では、なぜそれが三島辺りで湧き出るのかっていうのも、富士山の形成過程に関係しているそうです。「あ、富士山がこういう形成過程でできたから、富士山には川がなく、三島のあたりから地下水が湧き出るんだ」っていう、そういう地形と地理の関係も、この本で納得することができます。ちなみに、また余談ですけど、三島の町自体が、町中に流れる奇麗なせせらぎのなかを、これ比喩じゃなくてほんとうに川の流れのなかを、あちこち歩いてまわれるように整備してあって、すごい素敵な町なんで、おすすめです。

 自分が興味深く読んだのは、海底にある川の話ですね。川って、海にたどり着いたら終わりだと思うじゃないですか。たとえば和歌山の熊野川を上流から河原で野宿しつつ4~5日かけて下って、最後、新宮で熊野川が熊野灘に流れ込むところまでたどりつくと、「ああ、ついに海だ、川の終わりだ、そしてこの旅の終わりだ」なんて謎の感慨があったりするんですけど(笑)。脳内BGMで「Deep River」が流れるわけですよ、宇多田ヒカルの(笑)。ところが、実は川は海に流れついても、そこから海底にさらに川が続いているんだそうです。なにが面白いって、たとえば関東の人なら分かると思いますけど、荒川と多摩川は別の川だと思うじゃないですか。あれ、海に着いた後、東京湾の海底では合流して繋がり、1つの川になっているんだそうです。著者の藤岡さんは、潜水調査船の「しんかい6500」にも乗っている深海が専門の方なので、そのあたりの解説は非常に面白いですね。東京湾は陸上だったのが気候変動で海になったわけで、陸上だった時代の川筋が今でも海底にあって、川の土砂や水はそのままずっと海底の川筋を流れているっていう、これ、すっごく面白くありません!? 僕は興奮しました。

 こういう、川を見て「不思議だな」と思うところに気づきだすと、その裏には地球の大きな形成史があるってことを教えてくれる本で、逆にいうと、また川の読みどころが増えてしまうという本です。別に川下りするわけじゃなくても、川を眺めるのでいいんですけど、ぜひ本書を読んで、川を読んでいただきたいなーと思います。楽しい読みものです、この本も、川も。川って、いまの日本では、本当に見てない人が多いんですよね。まして、誰も読んでいない。釣り師の人は見てますけど。地方に川下りに行って、地元の人に「※※川、下りましたよ」っていっても、みんな「そういや、そんな名前の川あったな」ってぐらいの認識だったりするんです。存在してるのに、見えていない。

 この本は、川の索引がついています。ざっと索引を見て、近所のあたりの川から読んでみてください。どこからでも読める本ですので。ということで今日は、『川はどうしてできるのか 地形のミステリーツアーへようこそ』を推薦させていただきました。

[了]

※この記事は、2018年2月14日に配信されたPLANETSのインターネット番組『木曜解放区』内のコーナー「井本光俊、世界を語る」の放送内容を再構成したものです。石堂実花が写真撮影をつとめ、2020年8月6日に公開しました。
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